sumo_kansen


1: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:32:48 ID:bHx
1(遊)第9代春日野親方(元横綱・栃錦清隆)
2(二)第11代佐渡ヶ嶽親方(元横綱・琴櫻傑將)
3(中)第10代二子山親方(元横綱・若乃花幹士)
4(一)第11代花籠親方(元前頭・大ノ海久光)
5(三)第12代時津風親方(元横綱・双葉山定次)
6(捕)第4代高砂親方(元横綱・前田山英五郎)
7(左)第14代武蔵川親方(元横綱・三重ノ海剛司)
8(右)第9代三保ヶ関親方(元大関増位山大志郎)
9(投)第12代藤島親方・第11代二子山親方(元大関・貴ノ花利彰)

中継ぎ
第2代大島親方(元大関旭國斗雄)
第9代九重親方(元横綱・千代の山雅信)

抑え
第10代九重親方(元横綱・北の富士勝昭)

代打
第9代伊勢ケ濱親方(元横綱・旭富士正也)
第13代井筒親方(元関脇鶴ヶ嶺昭男)

2: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:35:36 ID:bHx
・一応は戦後以降の親方で
・関取を育てた実績はもとより人格とかも考慮に入れて

3: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:36:42 ID:bHx
1(遊)第9代春日野親方(元横綱・栃錦清隆 1959年~1990年)

主な育成力士
栃光(元大関1952年~1966年)
栃ノ海(元横綱1955年~1966年)
栃東(元関脇1960年~1977年)
栃富士(元前頭1961年~1974年)
栃勇(元前頭1963年~1979年)
金城(元関脇1969年~1987年)※栃光の四股名を名乗った時期もある
栃赤城(元関脇1973年~1990年)
栃剣(元前頭1973年~1989年)
舛田山(元関脇1974年~1989年)
栃司(元関脇1981年~1992年)
栃乃和歌(元関脇1985年~1999年)


1950年代に栃若時代を築いた「栃」の方。
大正の大横綱で自身を育てた師匠で養父の栃木山(第8代春日野親方)から引き継ぐ形で春日野親方
となり、先代の弟子であった栃ノ海と栃光をそれぞれ横綱と大関に育て上げ、その後は「サーカス相撲」
の栃赤城や大関栃東の父親である初代栃東ら名脇役を育てている。

自身の死後に春日野部屋を継いだ栃ノ海は関脇栃乃洋や小結栃乃花を育て、その後を引き継いだ栃乃和歌は
栃ノ心や栃煌山を育てる等名門部屋の系譜しっかりと継承されている。

4: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:37:57 ID:bHx
2(二)第11代佐渡ヶ嶽親方(元横綱・琴櫻 1974年~2005年)

主な育成力士

琴風(元大関1971年~1985年)
琴千歳(元前頭1971年~1986年)
琴椿(元前頭1976年~1995年)
琴稲妻(元小結1978年~1999年)
琴ヶ梅(元関脇1979年~1997年)
琴富士(元関脇1980年~1999年)
琴別府(元前頭1981年~1997年)
琴錦(元関脇1984年~2000年)
琴ノ若(元関脇1984年~2005年)
琴龍(元前頭1987年~2005年)
琴光喜(元大関1999年~2010年)
琴欧洲(元大関2002年~2014年)
琴奨菊(元大関2002年~)

現役時代は「猛牛」の異名を持った元横綱。引退直後に師匠の死去で佐渡ヶ嶽親方となる。
横綱こそ輩出できなかったが新弟子のスカウトや弟子への稽古には人一倍熱心で多くの弟子から
慕われていた人格者。

30年にも渡る親方人生で計22人の関取を育て上げ佐渡ヶ嶽部屋を名実ともに名門部屋に育て上げた。
2007年に亡くなった後に弟子の一人である琴光喜が野球賭博問題で解雇という悲劇に見舞われるが、
部屋自体は婿養子である琴ノ若に順調に引き継がれて部屋期待の若手には孫である琴鎌谷もいる。

5: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:39:31 ID:bHx
3(中)第10代二子山親方(元横綱・若乃花幹士 1962年~1993年)

主な育成力士
二子岳(元小結1961年~1976年)
若獅子(元小結1964年~1983年)
大旺(元前頭1964年~1981年)
貴ノ花利彰(元大関1965年~1981年)
2代目若乃花幹士(元横綱1968年~1983年)
隆の里(元横綱1968年~1986年)
飛騨乃花(元前頭1969年~1989年)
若嶋津(元大関1975年~1987年)
太寿山(元関脇1975年~1991年)
隆三杉(元小結1976年~1995年)
三杉里(元小結1979年~1998年)
若翔洋(元関脇1981年~1997年)
浪乃花(元小結1984年~1997年)


1950年代に栃若時代を築いた「若」の方。
引退後に花籠部屋から独立して二子山部屋を創設する。
「土俵の鬼」の異名も相まって現在だったら問題になるレベルでの暴力を伴った厳しい稽古で知られ、
若乃花・隆の里の二人横綱に実弟の貴ノ花ら多くの関取を輩出して一時代を築き、93年に実弟貴ノ花
の藤島部屋と合併する形で親方人生を終える。

まだ未成年の弟に大量の酒を飲ませて肝臓を傷めさせる等、負の側面も大きく賛否両論はあるが少なくとも
角界の興隆に多大な功績を挙げたのは間違いない。

6: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:42:17 ID:bHx
4(一)第11代花籠親方(元前頭・大ノ海久光 1952年~1981年)

主な育成力士

初代若乃花幹士(元横綱1946年~1962年)
若ノ海(元小結1949年~1963年)
若ノ國(元前頭1953年~1969年)
若秩父(元関脇1954年~1968年)
大豪(元関脇1955年~1967年)
龍虎(元小結1957年~1975年)
花光(元前頭1958年~1970年)
若ノ海(元前頭1961年~1978年)
魁傑(元大関1966年~1979年)
輪島(元横綱1970年~1981年)
三杉磯(元前頭1971年~1986年)
荒勢(元関脇1972年~1981年)
花乃湖(元小結1976年~1989年)

終戦まもない頃に杉並区阿佐ヶ谷にあった日本大学相撲部合宿所に創設した「大ノ海道場」が源流。
1952年に引退した後、内弟子であった後の初代若乃花を引き連れて花籠部屋を築き上げる。
当初は日本一の貧乏部屋と呼ばれるぐらいの貧困にあえいだが、初代若乃花を横綱まで育て上げその後も若乃花と同じく一時代を
築いた横綱輪島を筆頭に計27人の関取を育成した。

前述の通り初代若乃花は二子山部屋を創設して師匠と同じく多くの関取を育成し、大関魁傑も放駒親方として後に横綱大乃国を育成した。
しかし自身の死後に花籠部屋を引き継いだ娘婿の輪島は大ノ海長女である夫人としっくり行かずに夫人の自殺未遂を経た後に離婚、
そして1985年には花籠の年寄名跡を担保にして多額の借金をしていたという事実が発覚、輪島は廃業に追い込まれると同時に花籠部屋
も消滅し、翌年には大ノ海夫人が首吊り自殺を遂げるという最悪の結末を迎えてしまった。

後に孫弟子である太寿山が部屋を再興させてモンゴル人関取の光龍らを出すが、往年の勢いは取り戻せずに再び消滅してしまった。

7: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:43:02 ID:bHx
5(三)第12代時津風親方(元横綱・双葉山定次 1945年~1968年)

主な育成力士
不動岩(元関脇1940年~1954年)
鏡里(元横綱1941年~1958年)
潮錦(元小結1941年~1961年)
若葉山(元小結1942年~1961年)
大内山(元大関1944年~1959年)
時錦(元小結1949年~1963年)
青ノ里(元関脇1953年~1969年)
北葉山(元大関1954年~1966年)
豊國(元小結1960年~1968年)
牧本(元前頭1960年~1982年)
豊山(元大関1961年~1968年)
大潮(元小結1962年~1988年)
双津竜(元小結1963年~1982年)

63連勝で名高い角聖双葉山が現役時代の1941年に開いた双葉山道場が源流で1945年の引退から時津風部屋となる。
横綱鏡里に大内山・北葉山・豊山の三大関を輩出する名門となりその死後は豊山→双津竜と継承されて昭和天皇お気に入りの
蔵間や時津海、豊ノ島、時天空らが出るが2007年の暴行死事件で双津竜が逮捕される事態となる。
それでも時津海が継承して双葉山以来の流れは守られている。

8: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:44:01 ID:QLZ
先代の鳴戸親方は?

19: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)21:01:53 ID:bHx
>>8
第13代鳴戸親方(元横綱隆の里 1989年~2011年)

力櫻(元前頭1988年~1997年)
隆乃若(元関脇1992年~2007年)
若の里(元関脇1992年~2015年)
隆の鶴(元前頭1992年~2006年)
隆の山(元前頭2001年~2014年)
稀勢の里(元横綱2002年~2019年)
高安(現大関2005年~)

確かに有能な部類には入ると思う。
ただ出稽古禁止が稀勢の里や若の里のさらなる成長を阻めたという感も否めない

9: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:44:30 ID:bHx
6(捕)第4代高砂親方(元横綱・前田山英五郎 1942年~1971年)

主な育成力士
國登(元小結1940年~1961年)
3代目朝潮太郎(元横綱1948年~1962年)
若前田(元関脇1950年~1964年)
前田川(元関脇1952年~1967年)
富士錦(元小結1953年~1968年)
前の山(元大関1961年~1974年)
富士櫻(元関脇1963年~1985年)
高見山(元関脇1964年~1984年)

第39代横綱である前田山は現役時代の1942年の時点で現役大関と名門高砂部屋の師匠を兼任する二枚鑑札となっており
その状態で1947年に横綱に昇進するも1949年10月場所に休場した際に巨人とサンフランシスコシールズの親善試合を観戦していた
事が問題になり引退勧告を出されて歴代最短の僅か6場所で横綱をクビになるという不名誉を受けた人物であった。

しかし親方としては開明的な人物であり史上初のアメリカ巡業を行い、晩年には外国人力士の先駆けである高見山を発掘する
等の功績を挙げた。

10: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:45:15 ID:bHx
7(左)第14代武蔵川親方(元横綱・三重ノ海剛司 1981年~2010年)

主な育成力士

和歌乃山(元小結1988年~2005年)
武蔵丸(元横綱1989年~2003年)
武双山(元大関1993年~2004年)
出島(元大関1996年~2009年)
武雄山(元前頭1997年~2007年)
雅山(元大関1998年~2013年)
武州山(元前頭1999年~2013年)
垣添(元小結2001年~2012年)
翔天狼(元前頭2001年~2018年)

平成以降は外国人力士と並んで大卒出身力士も数多くなったが、二子山勢が衰退した
後に大卒出身力士を軸に一大勢力となったのが武蔵川親方率いる武蔵川部屋。
現在だと大卒出身や外国人を軸とする部屋は少なくないが、その中で3大関を輩出した
武蔵川親方は評価されるべきであると思う。

11: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:46:06 ID:bHx

8(右)第9代三保ヶ関親方(元大関増位山大志郎 1950年~1984年)

大竜川(元前頭1961年~1979年)
播竜山(元小結1966年~1984年)
北の湖(元横綱1967年~1985年)
2代目増位山(元大関1967年~1981年)
闘竜(元関脇1974年~1990年)
北天佑(元大関1976年~1990年)


親方になってしばらくは弟弟子であった増巳山しか関取が不在であったが、大横綱北の湖や大関北天佑、
実子である2代目増位山らの育成に成功する。
息子の方の増位山は歌が上手いことで知られているが、本人も絵や歌が上手いことで知られる。
部屋は2代目増位山が継承して把瑠都らを育成したが2013年の定年時に手頃な後継者がおらずに三保ヶ関
部屋は終焉を迎えてしまった。

12: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:46:51 ID:bHx
9(投)第12代藤島親方・第11代二子山親方(元大関・貴ノ花利彰 1982年~2004年)

豊ノ海(元前頭1981年~1999年)
安芸乃島(元関脇1982年~2003年)
貴闘力(元関脇1983年~2002年)
貴ノ浪(元大関1987年~2004年)
3代目若乃花(元横綱1988年~2000年)
貴乃花(元横綱1988年~2003年)


息子の若貴兄弟に貴ノ浪・安芸乃島・貴闘力ら名力士を育て、兄から引き継いだ旧二子山勢も加えて
90年代の最大勢力を築き上げ、親方としても厳しい指導でありつつも人格者であった。

しかし90年代後半に入ると洗脳騒動から始まる若貴対立に妻との離婚、そして自身の病気に悩まされ
55歳で不遇の最期を迎えてしまう。育てた弟子たちも廃業や早逝があったりと不遇気味

13: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:47:24 ID:bHx
中継ぎ

第2代大島親方(元大関旭國斗雄 1980年~2012年)

主な育成力士
旭道山(元小結 1980年~1996年)
旭富士(元横綱 1981年~1992年)
旭里(元前頭 1981年~1998年)
旭豊(元小結 1987年~1999年)
旭鷲山(元小結 1992年~2006年)
旭天鵬(元関脇 1992年~2015年)
旭秀鵬(前頭 2007年~)

横綱旭富士を育てた功績は大きいが、旭鷲山・旭天鵬らモンゴル人力士をスカウトしてモンゴル力士への
門戸を開いたのが最大の功績といえる

14: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:47:47 ID:bHx
第11代九重親方(元横綱・千代の山雅信 1967年~1977年)

主な育成力士
北の富士(元横綱1957年~1974年)
禊鳳(元前頭1961年~1969年)
北瀬海(元関脇1964年~1979年)
千代の富士(元横綱1970年~1991年)

現役時代から後の横綱北の富士を見いだし、1967年に出羽海部屋から独立した。
その後さらに大横綱となる千代の富士を見いだすも三役に昇進する姿を見る事なく独立から僅か10年で死去し、
後は北の富士に託される事になる。

15: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:48:03 ID:bHx
抑え
第12代九重親方(元横綱・北の富士勝昭 1977年~1992年)

主な育成力士
千代の富士(元横綱1970年~1991年)
富士乃真(元小結1976年~1990年)
北勝海(元横綱1979年~1992年)
孝乃富士(元小結1979年~1992年)
巴富士(元小結1986年~1998年)

元々は1974年に年寄・井筒を名乗っていたが1977年に師匠の千代の山が亡くなった事によって九重部屋を継承した。
先代の弟子である千代の富士を横綱に育て、さらに北勝海も横綱にして九重部屋の地盤を磐石な物にして
千代の富士に部屋を譲った。

16: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:48:37 ID:bHx
代打

第4代安治川親方・第9代伊勢ケ濱親方(元横綱・旭富士正也 1993年~)

主な育成力士
安壮富士(元前頭1994年~2011年)
安美錦(元関脇1997年~)
日馬富士(元横綱2001年~2017年)
誉富士(前頭2008年~)
宝富士(元関脇2009年~)
照強(前頭2010年~)
照ノ富士(元大関2011年~)


2010年代に一大勢力を築いたのは横綱日馬富士と大関照ノ富士のモンゴル双璧に
ベテラン安美錦や若手の誉富士・宝富士を擁する伊勢ケ濱部屋。

しかし安美錦が年齢的に限界に近く日馬富士が事件で去り照ノ富士も怪我で転落の一途を辿ってしまい
一気に勢力は衰退した。

17: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:49:18 ID:bHx
8代君ヶ濱親方・第13代井筒親方(元関脇鶴ヶ嶺昭男 1972年~1994年)


主な育成力士

霧島(元大関1975年~1996年)
鶴嶺山(元十両1975年~1990年)
薩洲洋(元前頭1976年~1992年)
陣岳(元小結1977年~1991年)
逆鉾(元関脇1978年~1992年)
寺尾(元関脇1979年~2002年)

鶴嶺山・逆鉾・寺尾の三人の息子を関取にした事で知られているが、第25代横綱西ノ海ら何人かの力士と縁戚関係がある相撲一家で
弟子も霧島のように鹿児島県出身者が殆ど。

18: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)20:51:40 ID:oog
双葉山と羽黒山を出したときの立浪

20: 風吹けば名無し 2019/03/10(日)21:03:47 ID:bHx
>>18
時期的には戦前・戦中ぐらいの時期だからあまり考えなかった。

引用元: http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1552217567/